“遊び”のいいわけ
 私は“書”の作法を全く知らない。“茶の湯”の作法を全く知らないと同じにである。それでいて、絵画小品や、デッサン、自己流の文字で茶掛けなどを作ったりもする。
 その作法は知らないながらも、床の間の空間、茶室の壁が好きなのである。そんな空間を瞑想するとき、茶の湯の源の基本構造が、心根が、ある種の汚れない日本の心としてかいま見透せられる心地があって、その小宇宙の中に一点きりりと心洗う“臍”をそっと添えてみたいと願ったりする。……なぞと思い上がった言い方はお許し頂くとして、己で認める無作法なる私が“書”に似た展覧会をもつと言うことは、天満屋の薦めがあって、横山松寿堂なる先達が、彼の知る尽くした業で以て無作法を作法でくるんでくれるからこそ出来る事だと思う。
 さて、私の創作手順をいうなら、それが平面、立体、版画の別無く、とにかくやたら数多い落書きが出発点となる。折々の整理にうんざりする程の量である。時代の流れと、己の命の、一番深いところから、今何を願い何を欲しているのかのメッセージを、イメージを、心の隅、無意識科の蠢きの中から汲み上げる作業といえようか。この無数の落書きは一週間、或いは一ヶ月、半年、一年と放置され、再度、参度と目を通し、尚自分に訴えかけるものだけが、想像の種として作品にピックアップされて行く。
 時に、和紙に筆、墨を用いての落書きも繰り返される。そんな時、ふっと、或いは、いそいそとそそられるように日本の文字が書きたくなる。
 その日、その時、一番心に関わり馴染んだイメージ文字が描かれる。自己の生き様を表明する創作作品、そのイメージを定着して行くときと全く同じ感覚である。
 一切の世間の約束事、全てのしがらみから解き放たれて、全宇宙の自由自在、気まま気ままに浮遊し得られるよう己自身に対して何処まで心地よく素直になりきれるか、そんな試みとも言えようか。描く、書く、という事が誰も言えず心地よく、浮かれるように楽しい行為だと言える。
 折々に訪ねてくる若い作家たちに、もっと遊べ、遊びなさいと呼びかける事がある。“遊ぶ”とは自由たれと言う事であって、なんとか上手に、よろしく見せよう、立派に作ろうなぞと肩肘張ったり欲ばったりの迷いを捨て、今の自分に何処まで忠実に素直になり得るか、或いは、暮らしの属性から、世の習いから離脱して何処まで自在になり個たり得るかの、巡り巡りを“遊び”と言えまいか。
 迷い迷っての修練もあろう、がスカッと筋を通した素直な遊びこそが、人々に心地よい広がりに浮遊を促す誘いとなり得るものでは…と、考えたりする昨今であります。


高橋 秀
ローマ、1992年正月

「遊墨」展
(天満屋 福山店/岡山店/広島アルパーク)図録より